2015年9月23日水曜日

チケットの確保と計画

年末に話したきりでその気になったまま3ヶ月が過ぎました。 北極圏トレイルを歩くのだと知り合いには話していたものの全く下調べもしていないし計画も立てていない状態です。ボーッと過ごしていたわけでもないのですが、気がつけば連休も近づいてきていました。春の連休が終わったら夏の航空券は高いものしか残らないのではないかと慌ててチケットを探しを始めます。

出発日は8月3日。
理由は今回のハイキングはおおよそ600kmなので1日20km歩いて30日。休息や天候が悪くて停滞することを考えてさらに1週間それに加えて前後の移動で1週間と考えて44日。なんかよくわからないけどキリが悪いので45日。現地では9月の後半はいろいろなサービスが終わってしまうとの情報があったので9月の中旬には終わらせたい。ということで8月初旬に出発しなければ終われません。3日にしたのは月曜日なら少しは安いかなと考えました。(白夜の6、7月は蚊が多いと聞いたので最初から外してました。)

出発日を決めたのでネットでチケットを探します。とにかく節約して行きたい。時間はあるので乗り継ぎが多くても安いチケット、LCCを調べます。しかし、イマイチ「これだ!」というものがなく結局はHISに駆け込むことになりました。

行き先はフィンランドのヘルシンキで帰国日が不確定なので行きのチケットだけ買いたいと言ってカウンターで相談を開始しました。そして、程よい価格のチケットが見つかり手配をお願いしました。
そのときです。

「シェンゲン協定*に参加している国では帰りのチケットがないと入国でしません。」

 隣から様子を見ていた担当者の先輩らしき人が電話で確認をとってから教えてくれました。
あら?担当さんは気にされてなかったようですけど…

仕方がなく往復で探しなおし。FIXでお願いしてそれに合わせるように歩くのはかなり難しいのでOPEN/FIXで帰国便を有料でも変更できるようにして探してもらいます。FIXより高くなってしまうのは仕方ないところです。
そして、見つけられた中から最安値のチケットで決まりにしようとしたところでハタと気がつくのです。

「あ、帰りはヘルシンキじゃなくてストックホルムからだった。」

またまた探しなおしです。担当さんごめんなさい。
そしてようやく決まったのが

行き:成田 ー アブダビ ー ベルリン ー ヘルシンキ
帰り:ストックホルム ー フランクフルト ー アブダビ ー 成田

という便でした。
成田ーアブダビとフランクフルトー成田間はエティハド航空でアブダビーヘルシンキはエアベルリン、ストックホルムーフランクフルトはスカンジナビア航空という構成です。
共同路線なのでチケットはエティハド航空からの購入。帰り便の変更はエティハド航空に電話で直接と説明されました。

ここで少し心配だったのはドイツでのトランジット時間。行きも帰りも90分だったのです。シェンゲン協定国なので入国、出国審査がベルリンとフランクフルトであります。普通にいけば間に合うのですが飛行機が少しでも遅れると困ったことになるのです。
そして、この心配は現実のものとなってしまうのですが、それは次回に書きますね。
(リアルタイム投稿はコチラ)

さて、もう完全に行くことになったので計画を練ります。
 とはいうものの、本当に情報が少ないのです。北極圏トレイルのフィンランド側のスタート地点に行けるかどうかもなかなか怪しい状態だったので、「北緯66.6°」と同じところを歩くことにしました。(下の地図だとロシアからのスタートですね。)


 


スタートはKilpisjarviからです。そこから最初の補給地のAbiskoまでは190kmでこれを10日で歩きます。(森山さんは8日で歩かれてますが、私たちはそこまで早くないだろうと予想)
AbiskoからRitsemまでは230km。(トレイルはVaisalouktaまでで船で対岸のRitsemに渡ります。)歩き慣れてきたら10日で歩けるのではないかと思っていました。11日かけても次が少し短いので大丈夫なはずです。
RitsemからゴールのKvikkjokkまでは160km。ゆっくり歩いても10日はかからないはずです。
これにAbiskoとRitsemで1泊ずつを足して全日程の計画としました。
何事もなければ30日以内には収まりそうです。

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と、 考えていたのですが、最後の区間の距離を勘違いしていました。
最後の区間の160kmは上の地図の黄色い線Padjelantaledenの距離です。Ritsemから船で渡るところが違って途中から全部同じトレイルを歩くのだと思っていました。しかし、実際はさらに途中から分岐してもっと長い距離になっています。
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次に現地での予定です。
この時期近くの空港まで飛行機の便はないらしく現地の移動は列車とバスです。
4日にヘルシンキに到着して5日に移動ではつらいのでヘルシンキ観光も考えて7日に移動をすることにしてチケットは現地にいる姉に手配をしてもらいました。

列車 ヘルシンキ発:18時23分  Kolari着:9時48分
バス Kolari発:10時00分 Kilpisjarvi着:13時25分
(ここで調べられます。https://shop.vr.fi/onlineshop/Welcome.do)

19時間02分の移動で料金はひとり141,60Euroです。レートは149.ほにゃらら円だったので21000円ちょいといったところ。これを寝台車にすると+50Euroぐらいなのでかなり厳しい料金です。ここは普通の椅子でがんばることにしました。

こうして現地までのチケットの手配が済みまして、出発となります。
長くなったのでまた次回に持ち越しです。

*シェンゲン協定:今回の場合は協定に参加している国間の移動には出入国審査はないよぐらいに理解していておいてください。正確には違うかもしれません。詳しくはウィキペディアのシェンゲン協定をお読みください。

2015年9月21日月曜日

そもそもの始まり。

北極圏トレイルに行こうという話になったのは2014年の12月のこと。
森山さんの「北緯66.6°」をウチの奥さんが読んだことがキッカケでした。
もちろん、その前に自分も読んでいたわけで。
森山さんが歩いた話はその年(だったか)のPEAKS(だったかな?)を読んで知っていました。
さらにライターのシェルパ斉藤さんがクングスレーデンという北欧のトレイルでフェールラーベンクラシックに参加した話もBE-PALで読んでいました。
なぜだか他の記事はあまり記憶に残っていないのにこの2つの話だけはずっと覚えていたのだから自分の中でもなにかひっかかるものがあったのだと思います。

ここのところロングトレイルハイキングはハイキング業界で目玉の1つになっいてアメリカのロングトレイルの話を頻繁に聞くようになりました。
その約1000〜4000km以上という途方もなく長い距離のトレイルはハイカーの憧れの地になっています。
ロングトレイルが話題なのはアメリカのトレイルだけではなく日本にもロングトレイルを作り、アメリカのロングトレイル文化を正しく、そして日本に合うように広めていこうという人たちの努力の賜物であるわけですけども。

そういったわけでロングトレイル≒アメリカの文化みたいなイメージがどうしてもするわけです。
誰もそんなことはいっていなくても情報量がそうなってしまってます。
そして、年々アメリカを歩く日本人は増えていっているそうです。
私だって行きたい。
しかし、私には許可書の手続きやヒッチハイクがとても高いハードルに感じられて行きたくてもちょっと無理だなと感じていました。
そんなに時間とお金の用意ができないということもあったんですけど。
今回、北極圏トレイルを歩き終えて、アメリカも行けたらいいなと思いました。

では、なぜ北欧の北極圏トレイルなのか?
それは マイナーなことに加え「北緯66.6°」の中の一番有名な
「好きなところを歩いていい。好きなところで眠っていい。」
この一文に撃ち抜かれたから。
日本では登山道を歩くことはもちろん、テントは指定地に張ることが基本。
アメリカだってトレイルを歩く。(テントはそれなりに自由らしい?)
それが、もうどこを歩いたっていいし、どこでテントを張ってもいいと書かれています。
その自由を感じてみたい。
自分の経験と知識を総動員して楽しむ自由。
それを体験したかったからです。

そして、理由がもう1つ。
マイナーゆえによく分からないところだから。
とにかく情報が少ない。日本語だと本当に2〜3サイトしか出てこない。
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あとで分かることなんですが、キーワードを北極圏トレイルの「Nordkalottleden」にすると英語でも少なくて途中の補給地「Abisko」だとか一部重なっている「クングスレーデン(Kungsleden)」だと検索にかかります。
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分かることといえば、とにかくなんにもないこと。
そのぐらい。
頼りは 「北緯66.6°」だけ。
いいのかそれで。
いや、それだからいいのだと。
こうすればいいという教科書がない状態。
「北緯66.6°」だって細かいところはまでは書いてない。
 全てが手探りってのも面白いじゃないですか。

そういったことがあり、「北緯66.6°」読んだ 奥さんが「行きたいなぁ〜」を連呼するのでその気になっていた年末。
不思議というかこういうのを運命というのでしょうかね、帰省したときに姉も帰っておりまして、この姉というのがいつの間にかフィンランドに移住していまして(私が数年前まで知らなかっただけなんですけどね。)観光関係の仕事やライターをしているということで北極圏トレイルってどんな感じなのか聞いてみたわけです。
姉はハイカーではないので幾つかのサイトを紹介してくれたのと情報を友達に聞いてみるというところで話は終わったのですが、もし行くなら支援をしてもらえるという話になりました。

これは行くしかないだろうと。
ちょうどそこのころ人生の夏休みパート2がスタートすることも決定し全ての歯車がかみ合ってこの夏につながっていくのです。
(続きます。)

改めて最初から

時差ボケで眠れないので前フリを少し。

北極圏のトレイルを歩き終わって帰国したので改めて最初から書きます。
ここまではほぼリアルタイム更新でした。
電波の入らなかったヘルシンキからキルピスヤルビまでの移動、ハイキングスタート時やハイキング途中はまったく書けていません。電波の入るときだけ現状報告ブログでした。
これから落ち着いて14〜16回ぐらいに分けてレポートを書いていきます。

予定では
計画と出発〜ヘルシンキ滞在(追記:4回にわかれちゃいました。)
ヘルシンキからキルピスヤルビ到着、ハイキングスタート
ハイキングスタートから第1補給地のアビスコまでを3回ぐらいに分けて
アビスコから第2補給地のリッツェムまでを3回
リッツェムからゴールのキビックヨックまでを3回
クビックヨックからストックホルムに戻りヘルシンキに移動した経緯
ヘルシンキ滞在とエストニア観光、ストックホルムから帰国
道具や食料について

と、いうような分け方で書きたいと思ってます。長文になりすぎたら回数増やします。
最後まで頑張って書きたいと思います。
(ですます調のほうが書きやすいので文体も変わります。)

帰国しました。

帰りもバタバタだったけど無事に帰国。
写真の整理をしつつ少しずつ日本出発から帰国までをブログに書いて行く予定です。
少し時間ください。

2015年9月18日金曜日

ヘルシンキ滞在の日々と今現在。

ハイキングと関係なくなっているので短めに書きますよ。
帰りの便が前倒しできなくてフェリーでヘルシンキに移動して姉宅にお世話になることになったまでが前回。
到着した日は洗濯をしただけで外出もせず。
2日目はArabiaファクトリーショップでお皿とコップ、H&Mで滞在中の服を買う。
3日目は郊外にあるヌークシオ国立公園にピクニック。
4日目、5日目はフェリーで対岸のエストニアのタリンに行き観光。久しぶりにまともなビールを飲む。
旧市街が世界遺産という街。
6日目は買い物と散歩。
7日目はお土産、夜食の買い出しの後、フェリーに乗船。

と、いう感じで一週間が過ぎ今日はストックホルム観光とお土産を買って空港に移動。
明日の朝の出発までベンチでこのブログを書いている状況。(チェックインが早いので市街地からだと間に合わないため)
そんなこんなでそろそろ帰ります。

2015年9月10日木曜日

彷徨っている。

ゴール後、Kvikkjokkで一泊して朝5時20分のバスに2時間乗りJokkmokkに移動。

サーミ博物館に寄ってラップランドとサーミの人たちの文化について学んだりして観光。
17時20分に再びバスに乗りBodenへ。
そこから寝台車に乗ってストックホルムへ。
降りたのが9時20分だったのでKvikkjokkからストックホルムまで29時間使って到着。
その間に姉にお願いして飛行機の便を変更しようとしたところ…


あ…ありのまま 今起こった事を話すぜ! 
やつを追う前に言っておくッ!
おれは今 やつのスタンドをほんのちょっぴりだが体験した
い…いや… 体験したというよりは 
まったく理解を超えていたのだが…… 
あ…ありのまま 今 起こった事を話すぜ! 

「おれは日本行きのエアに乗り込んだと思ったら いつのまにかフィンランド行きのフェリーに乗っていた。」 

な…何を言っているのかわからねーと思うが  おれも何をされたのか わからなかった
 頭がどうにかなりそうだった… 
催眠術だとか超スピードだとか そんなチャチなもんじゃあ 断じてねえ もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ…

ポルナレフ風に言うならこんな感じなことになった。

実際は4日後まで便に空きはなくそれならなるべくお金を使わないよう帰り便の変更はせずにヘルシンキに移動して姉宅にお世話になるのが一番の選択ではなかろうかとなったわけで。
夕方にヘルシンキ行きのフェリーに乗ってヘルシンキに到着したとろ。

まぁ、そういった訳で一週間ほどヘルシンキ滞在となったのであった。

2015年9月8日火曜日

Kvikkjokkに無事ゴール

RitsemからPajelantaledenを通しで歩いて最後は渡しボートでKvikkjokkに無事到着。

周辺の小屋は9月6日で閉まってしまうというギリギリのタイミングでゴールしました。
9月1日に霜が降りるほど寒くなりそのあたりもギリギリだった。
トレイルは歩きやすく途中、オーロラも見えて素晴らしい3区間目だった。